朝、洗顔後の濡れた顔を鏡に映す。 目尻に、昨日までは気づかなかった小さな線を見つけたとき、心臓が少しだけ冷たくなる。
「ああ、また一つ……」
指先でその線を伸ばそうとして、ふと虚しさが込み上げる。 ドラッグストアに行けば、「アンチエイジング」「-5歳肌」という言葉が踊っている。 「アンチ(抗う)」という響きは、まるで「今のままの貴女ではダメだ」「老いることは敗北だ」と突きつけられているようで、時々ひどく息苦しい。
私たちはいつまで、目に見えない「時間」という敵と戦い続けなければならないのだろう。
Ⅰ. 青い果実の呪縛
この国は、少々異常なほどに若さを信仰している。
テレビをつければ、アイドルのあどけない笑顔。 雑誌では「20代に見える40代」がもてはやされる。 まるで、女性の価値は「つるんとした何も知らない果実」であることだけが正義で、そこから少しでも傷がついたり色が濃くなったりすれば、劣化というレッテルを貼られるかのようだ。
その呪いにかかった私たちは、自分の成熟を恥じるようになる。
「もうおばさんだから」
「誰にも見せられない体だから」
そうやって自分を卑下することは、貴女が生きてきた時間を、乗り越えてきた夜を、すべて否定することと同じなのに。
Ⅱ. ヴィンテージという価値
視点を、少しだけ変えてみよう。
世界には、時間が経てば経つほど価値が上がるものがたくさんある。 ボルドーの赤ワイン。使い込まれた本革のバッグ。数百年を経たヴァイオリン。
それらを指差して「古くなった」「劣化した」と嘆く人はいない。 むしろ、新しいものには絶対に出せない深み(コク)や複雑な香りを愛し、高値で取引される。 これを「ヴィンテージ」と呼ぶ。
人間も、同じではないだろうか。 若い頃の張り詰めた肌も美しいけれど、それはまだ素材のままの状態だ。
失恋して泣き腫らした夜、仕事で歯を食いしばった日、誰かを守るために強くなった瞬間。
そんな経験の一つひとつが、貴女という器に複雑な陰影を与え、若い娘にはどう逆立ちしても出せない、芳醇な色気を醸し出す。
シワ?
それは貴女がよく笑った証拠だ。
傷跡?
それは貴女が戦い抜いた勲章だ。
私たちは古くなっているのではない。極上のヴィンテージへと熟成している最中なのだ。
Ⅲ. 熟れた果実は、甘く滴る
そして、これは夜の話にも通じる。
断言してもいいけれど、セックスやセルフケアの悦びを知るのは、間違いなく大人になってからだ。
若い頃のそれは、勢いだけのスポーツや、相手に合わせるだけの接待のようなものだったかもしれない。 けれど、熟成した大人の女性は違う。
自分の身体のどこが敏感かを知っている。
どう触れれば心が震えるかを知っている。
恥じらいと大胆さのバランスを知っている。
熟れた果実だけが持つ、濃厚な甘みと香り。 その滴(したた)るような官能性は、若い果実の青臭さとは比べものにならないほど豊かだ。
もし貴女が「もう若くないから」と夜の悦びを諦めているなら、あまりにも勿体ない。 貴女の身体は今、人生で一番、美味しくなっているのだから。
Ⅳ. エピローグ:年輪は、貴女だけのジュエリー
だから今日からは、鏡の前でため息をつくのをやめよう。 目尻のシワを、愛おしそうに指でなぞってみてほしい。
「いい顔になってきたな、私」
そう微笑むことができたとき、貴女は若さという呪いから解き放たれる。 私たちは劣化しない。 ただ、深く、美しく、芳醇に熟成していくだけだ。
その誇り高い姿こそが、何よりも美しいジュエリーなのだから。


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